このブログ廃刊のお知らせ。

早いもので、 我がブログ、「浜夙川からの発信」も07年1月から初めて19ヶ月経過しました。 その間お付き合いいただいた方々に厚く御礼申し上げます。 今までのブログはプロバイダによる写真等の挿入出来る容量が9月より制限される様になり思うように写真が掲載出来なくなりました。 そんな訳で、今月より別のブログを立ち上げました。 URLは下記に記します。 今まで同様お立ち寄り下さい。

なを、 新しい下記ブログの記事をご覧頂くには、 開かれたページの正面真ん中のタイトルの右側にある「main」をクリック頂くか、 カレンダー下に記載されている「最新の記事」をクリックして下さい。 上から新しい順に記載されています。

新しいブログのURL : http://yaplog.jp/windfrmhmshuku/archive/2

以上です。 

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中秋節

Photo_4 Photo_3 P1050621 9月14日に西宮神社で中秋節を祝う「観月祭」が開催された。 幸いに天候に恵まれ、 神事の後、 朧月夜であったが爽やかな秋の夕べを雅楽と天女の舞を楽しんだ。  芦屋市の或る舞踏グループにより伝統的な衣装を着て、 天女に扮し、 つきに帰るかぐや姫を見送る場面をイメージした舞を披露。 観客も100名程度集まり、 舞と雅楽を楽しんだ。 

9月から掲載の写真のサイズがブログの掲載要領に制限が出来て大きなサイズでの挿入が出来なくなりました。 写真が見難くなった点ご容赦下さい。

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西宮市民祭り

猛暑の夏からやっと朝夕は涼しい風が吹くようになり、 暑さに弱い人にとってはホットしている事でしょう。 一方この暑さで南アジア独特のスコール(集中豪雨)が日本でも当たり前のように発生して、 まるで日本は赤道直下のタイ、 マレーシアになったようである。 これも温暖化の影響なのだろうか? 河川の急激な増水、 地下水道の逆流による道路への冠水等何時起こるかわからない危険な水害に見舞われる夏を過ごさねばならない日本の昨今である。

さて、 こんな不安定な天候下、 時々急なスコールが降る中で西宮市民祭りが開催された。 盆踊り、 地蔵盆等長く日本の伝統行であった行事が段々少なくなる中で、 市民祭りとして継続しているのは市当局に協力している熱心なボランティアの方々がいるからであろう。 当日も小学生から大学生までの若者、 中高年の町の人たちの活躍が見られた。当日のそれぞれの人たちの活躍振りをスナップ写真に撮った。

1. 学生ブラスバンドによる行進。

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2. 或る中学校のバンドによる演奏。 阪神タイガースの応援か「六甲おろし」の演奏で観客から大きな手拍子と拍手があった。

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3. 市役所玄関前には北京五輪参加の阪神タイガース矢野、 新井選手の天幕が飾ってあったが、 五輪での惨敗でむなしく垂れ下がっていた。

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4. 昔懐かしい「だんじり」が数台行進していた。 

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5.中高年の男女による太鼓ばやし。 なかなか迫力があった。 相当練習したのでしょう。

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6. おじさん、 おばさんに負けじと少女達のロックダンスは中なのもの。

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会場案内にもイヴェントのスケジュールが記載され、 時間を無駄にせず見物出来たのは良かった。 少しずつだが秋の気配も感じられ、 本格的な秋はもう直ぐそこに来ている。 

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神戸、 八宮神社巡り

ある大学のセミナーで神戸に一宮から八宮までの八つの神社があると聞き、 興味を持って調べて見た。 神戸市の中央区を中心に生田神社を囲むように点在していた。 一から八宮まで順に巡ると厄除けになると云われている。 生田神社の末裔(まつえい)で、 天照大神と「すさのおおのみこと」(PCの漢字辞書にないのでひらがなで記入)が剣玉を交換して誓約した時に生まれたという三女、 五男が、 それぞれに祀られている。 

先ず、 八宮の祀られている神々とその所在地を示す立て看板があった。

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中央区に六神社、 兵庫区に二神社点在し、 それぞれ祀ってある神々の名前が表示されている。 我々凡人には覚えのない神々ばかりであった。 創建年代は余りにも古く、 西暦201年神功皇后が朝鮮出兵した帰りに巡礼した順に社名に冠したという伝説があるようです。

一宮神社 : 祭神は田心姫命(たごりひめのみこと)、 交通安全、 縁結びの神。 旧北野村の氏神。

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二宮神社 : 祭神は天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)、 勝運、 修験の神、 旧葺合区の氏神である。

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三宮神社 : 祭神は揣津姫命(たきつひめのみこと)、 交通安全、 商売繁盛、 知恵授けの神、 旧神戸村の氏神。 神戸大丸の北側にあるので皆さんも良く見かける神社。 明治元年神戸事件の発生地として知られている。

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神戸事件 : 1891年日本訪問中のロシア帝国皇太子、 ニコライ(後のニコライ2世が巡査、 津田三蔵に突然斬りかかられ負傷した暗殺未遂事件。 同行していた威仁親王の機転で明治天皇に直ちに連絡して、 敏速な対応をしロシアとの友好関係を深めた事と日本の行政の干渉から司法を確立し、 三権分立を広めた近代史上重要な役割を果たした事件である。

  

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四宮神社 : 祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)=弁財天、 芸能の神、 花隈芸者の名付神とも云われている。 旧花熊村の氏神。 1558年花隈城の築城の際、 武将、 荒木村重より幣帛が献上された。

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五宮神社 : 祭神は天穂日命(あめのほひのみこと)、 厄除け、 国家安穏、 家内安全、 五穀豊穣の神。 

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六宮神社 : 祭神は天津彦根命(あまつひこねのみこと)、 厄除けの神、 旧坂本村の氏神。 明治42年(1909年)楠中学新設により、 八宮神社に合祀された。

七宮神社 : 祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、 航海海上安全、 土地開拓の神。 

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八宮神社 : 祭神は熊野杼樟日命(くまのくすひのみこと)、 厄除けの神、 旧坂本村と旧宇治野村の氏神。

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以上この炎天下の猛暑の中汗だくになって巡礼してきました。 大都会の中に埋もれてひっそりとしたたたずまいで現在まで綺麗に保存されているのを観て、 地域の人達の信仰心の深さを感じました。 

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武庫川周辺散策

JR甲子園口駅から南に800メートルばかり歩くと緑に囲まれた閑静な住宅地がある。 この辺りは武庫川の西側サイクリングロードをサイクリングしての帰り道になる。 この地域に阪神間で縁の深いフランク・ロイド・ライトが設計に携わったという建物がある。 所謂旧甲子園ホテルである。 1930年に竣工、 その後米軍に接収されたりした後、国が接収し、 1965年に武庫川女子大学が譲り受け、 現在同大学の甲子園会館として再生されている。 実際の設計はライトの愛弟子、 遠藤新氏が行った。 当時は東の帝国ホテル、 西の甲子園ホテルと並び称され、 阪神間の高級社交場として賑わったそうである。 戦前は菊池寛、 徳富蘇峰の定宿でもあったり、 井上靖の小説「射程」にも出てくる。 満州国、 ラストエンペラー、 溥儀や米国メージャーベースボールプレイヤーのベーブルースも来館した事がある伝説のホテル。

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この甲子園会館の直ぐ北側に松山大学温山記念会館(旧新田邸)がある。 甲子園会館と共に周辺の住宅街に見事に溶け込んでいるのが素晴らしい。 この洋館建ての建築は松山大学の創立に私財を投じて新田長次郎という実業家が長男のために建てた住宅。 建築家木子七郎しが設計し、 重厚な木彫りの玄関扉や優雅な曲げ加工の階段手摺、高い格天井などが美しい。 当時では皇族方、 政治家を数多く迎えたゲストハウスでもあった。 この周辺の優雅で落ち着いた雰囲気は格別である。 サイクリングの帰途涼しい木陰で休憩しているとセミの鳴き声がいやにやかましいが、 私の好きな場所である。

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建築家ライトの設計した建物としては芦屋市にもヨドコウ迎賓館がある。 ライトが1922年帝国ホテルの設計の為に来日した時に山邑家の別邸として設計された。 灘五郷の造り酒屋、 山邑太左衛門の依頼でライトが1947年に設計。 1947年から淀川製鋼所が所有し、 社長公邸とか独身寮として使用された。 ライトが設計した建築物としては、 日本に完全な形で現存する唯一の作品という。 一階玄関車寄せ正面にに見える「吊り床」や玄関から芦屋市内と海が見渡せるベランダは、 周辺の壁が丁度額縁の役割をして、 一枚の風景画にも見えるアイディアたっぷりの造りが興味深い。

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以上の様に阪神間には先人が残した沢山の見るべき建物がある。 日頃何気なく通り過ぎている街角にも興味を持ち散策するとより楽しいですね。 掲載した写真はクリックすると拡大し、 写真左上のツールバーの「戻る」をクリックすると元の大きさに戻ります。

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芦屋、 西宮文学散歩

モダンと古風、 洋と和がミックスした阪神間は意外に文学の宝庫なのである。 谷崎潤一郎、 井上靖、 宮本輝、 村上春樹、 遠藤周作と阪神間を舞台に描かれた作品は多い。 今日は阪神間の文学散歩をしましょう。

先ず何と言っても、 谷崎潤一郎だ。  阪急電鉄、 岡本駅近くの旧宅は現在無い。 芦屋市の松の内町に再建される見通しで、 洋、 和、 華三折衷の建物であったが阪神大震災で崩壊したのが残念である。 芦屋市伊勢町に芦屋市立記念館がある。 

阪急電鉄、 芦屋川駅近くに「重信医院」がある。 「細雪」の四姉妹の主治医、 櫛田医師のモデル。 三角屋根のモダンな洋館で、 物語の時代を彷彿する。 

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二番目に挙げられるのはやはり大正初期のホトトギス派俳人「高浜虚子」でしょう。 その記念館が芦屋浜近くに建てられている。 正岡子規亡き後のホトトギス派の中心人物としての活躍は子規以上のものがあるという。  俳人達が詠んだ俳句が壁の埋め込みにずらりと並べられて、 俳句記念館らしい雰囲気を漂わせている。

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遠藤周作は夙川カトリック教会で10才の時に洗礼を受けたという。 「黄色い人」など、 カトリック作家としての遠藤文学の原点とされている。 

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芦屋市岩園町にある「いかりスーパー」は、 平中悠一の「シーズ・レイン」の映画版でヒロインの神戸女学院生が買い物に来る場面に再三登場したらしい。 今もスーパーの正面には大きな「錨」が飾ってある。 

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足を少し東に向けて、 西宮市平松町に行くと、 マンボウの「ミニトンネル」がJRの高架下に現存している。 周辺の住民の貴重な生活道路だ。 

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高さがかなり低く現代の背の高い人には頭上が気になる。 この時代日本人は本当に身長が低かったのか?

阪神香櫨園駅周辺では宮本輝の「錦繡」で、 ヒロイン亜紀がこの香櫨園駅をよく利用した。 駅近くにモーツアルトのレコードを聴かせる喫茶店「モーツアルト」があるとされ、 探しに来る人もいるらしいが実在しない。 また、 井上靖の「明日来る人」には香櫨園在住の実業家が主役で、 夙川沿いが登場している。 

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上記以外に、 小説家では野坂昭如の「火垂の墓」、 香櫨園浜近くの回生病院ヶ登場する。  村上春樹は香櫨園小学校、 精道中学卒らしい。 画家では大石輝一、 阪急沿線、 夙川に「カーサ・ラ・パボーニ」という名の喫茶店(ラウンジ)を奥さんと経営。  山下清が居候したり、  夙川育ちの小松左京なども良く訪れたらしい。 まだ現存するのか不明。 何方かご存知でしたら教えて下さい。 詩人では富田砕花も芦屋に関係がある。 

真に多士済々である。  皆さんも阪神間の文学に認識を新たにされたのでは? この内容は阪神シニアカレッジでの夙川学院教授、 河内厚郎氏の講座で受講したものを一部借用しました。  

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城北公園花菖蒲園

私がこの世に産声を上げたのは、 今日訪問した城北公園から徒歩で約10分の処である。 実にほぼ50年ぶりに行った事になる。 この城北公園近くにいたのは私が小学校4年生迄で、 その後明石市に引っ越した。 この菖蒲園は昭和39年に出来たというから、 私が覚えているのは極くありふれた公園の印象しかない。 淀川が近くにあり、 流れが結構速く、 深みにハマると溺れ死ぬ事故もあったので、 親には水泳禁止を言われていたが親の目を盗んで泳ぎに行ったのもである。 何時の間にこんなに菖蒲が群生するようになったのだろう。 実に見事な花菖蒲だった。 見頃を少し過ぎていたのが残念であった。 

群生している花菖蒲には江戸系、 伊勢系、 肥後系の三種類がある。

江戸系 : 葉先より花が抜きんじて咲く。 品種も多く、 花形の変化に富む。

伊勢系 : 葉先に見え隠れして咲く。 淡色が多く、 花の姿が優しい。

肥後系 : 大輪で豪華な花形で、 花色は濃い目が多い。 

江戸系の花菖蒲

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伊勢系の花菖蒲

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肥後系の花菖蒲

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入口を入ると直ぐにお堂が見えて、 一面の花菖蒲が広がる。  菖蒲の群生している正面にはお堂風の建物がある。 菖蒲に丁度マッチした形の良い形である。

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後は9種類の花菖蒲の花びらを掲載しました。 

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園内には250種、 13,000株の花菖蒲が栽培されているとの事。 見頃を少し過ぎてはいるがまだ見れる。 一度行って見る価値はある。

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鉢植え花木が占有する下町路地。

我が街は香櫨園浜(御前浜)に近いせいか、 「浜」の名がつく町名が多い。  西から、 大浜町、 前浜町、 浜町、 浜脇町、 浜松原町、 東浜町といった具合。 かっては西宮漁港があり、 (今はヨットハーバーになっているが)、 漁師が多く漁業を営んでいた土地だからだったからでしょう。 最盛期は鰯などが水揚げされ、 バケツ一杯単位で浜辺で買えた。 私が住む町は昔は狭い路地が縦横に走っていた。 一方夙川に近いところには、 大手企業の海の家、 保養所、 社宅、 テニスコート等が沢山あったが、 今では企業もその土地、 建物を売却し住宅地となってしまった。 

そんなある日、 この下町を久し振りにゆっくり見てみて、 まだ昔ながらの風情が残っており、 その雑然とした中にも整然とした下町に住む人たちの一定の清潔感を感じられる路地を散策してみた。 家の玄関に所狭しと壁に沿って植木が植えられている。 一見雑然としているが、よく見るとちゃんと手入れが行き届いているのだ。 しかしよくここまでと驚く。

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下町特有の路地。 人一人がやっと通れる幅まで向かい合わせの御家の玄関には路地の半分以上を占有して植木が山とひしめき合っている。 しかし、 通り過ぎる人たちは誰も苦情を言わずに四季折々の草花を見て楽しんでいるようである。 先ずこの狭い路地を顔見知り同士が挨拶を交わしながら行き交う挨拶道路だ。

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今は紫陽花の季節。 これからが梅雨にかけて最盛期。 そのはしりの花が路地にひっそりと咲いていた。 いよいようっとうしい梅雨の季節が到来した。  夏にはこの狭い路地が以外に涼しいのをご存知でしょうか? 夏日の暑い午後でも日陰になると路地を涼しい風が通り抜けるのである。 各家の玄関ドーアーを網戸に変えて、 風を取り入れている家が多い。 

お年寄りが夏の午後家の前に腰掛を出して涼んでいる姿をよく見かける。 我々子供の頃はおじいちゃん達が長椅子を出して、 将棋とか囲碁をしていた姿が懐かしい。 今はその光景も見られなくなった。 老人が増えいるのに何故だろう? 皆さん公民館等の冷房施設が完備された場所に移動したのかも?  

いよいよ梅雨の季節到来である。 朝から一日雨の日の過ごし方を考えねば・・・  やはり日頃ご無沙汰している読書をしっかりやるか! 

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淡路島、 夢舞台

厄28万平方メートルの広大な敷地に、 温室やホテル、レストラン、国際会議場等の施設が点在する淡路島夢舞台。 大阪湾が一望できる階段状になった展望台、百段苑とよくこれだけの施設を作ったものだと感心する。 莫大な費用が費やされた施設だ。 以前から一度行こうと思っていて、 先日やっと訪れて、 その規模の大きさに驚いた。 淡路島によくこれだけのものだ出来たものだ。 安藤忠雄氏設計と聞き、 成る程と頷ける古代ローマ的な雰囲気のあるコンクリート(石)造りの冷たいイメージ。 

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夢舞台の一番高いところから海を見た景観は素晴らしい。 若者達がカップルで語り合う姿が清清しい。 ホッと一息をつく。 

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百段苑から西側に散策プロムナードがあり、 よく手入れされた歌壇が美しい。

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大きな温室があり、 その中に珍しい木があった。 樹齢300百年以上と推定されるアフリカ南部、 ナマ・カランド地域に自生するアロエの仲間という。 雨が何年も降らなくても生きるというすごい木だ。 その近くには変わったバナナの木もあった。 これはフィルバナナといって美しい白斑を実と葉に持ったバナナとの事。 丁度実が菜っていた。

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なかでも斑点ツワブキの緑が鮮やかであった。

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淡路島全体をリゾートの島として今後作り上げてゆくのだと思うが、 これだけの莫大な建設費が償却出来るだけの観光客が集客出来るのか? 明石海峡大橋と同じ運命になって大赤字を累積する悩みの種にならねば良いのにと要らん心配をしてしまった。

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鎌倉海岸

前回号にて横浜、 鎌倉へ子供達、 孫達に会いに行って、 その滞在中に鶴岡八幡宮に参拝した事を記事にしたが、その帰路に鎌倉海岸をドライブ。 爽やかな皐月の風の感触が心地良い。 鎌倉海岸は七里ヶ浜、 江ノ島、 稲村ヶ崎、 由比ヶ浜から逗子、 葉山海岸と連なり、 太平洋に面した長い海岸線である。 当日は凪で波も無く、 もう少しすれば若者達が夏のスポーツを楽しむメッカになる関東有数の海岸の散策を楽しんだ。

P1040819 逗子開成中学校の生徒12人のボートが転覆、 全員死亡した海難事故を題材にした「真白き富士の湖、 七里ヶ浜に哀歌」、 「真白き富士の根、 緑の江ノ島」と歌われた江ノ島、 七里ガ浜。 

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鎌倉時代後期の1333年(元弘3年)に上野国(群馬県)の新田義貞が鎌倉攻めの時、 「稲村ヶ崎」を超えられず、潮を引くのを念じて剣を投ずると、 その後潮が引いたので岬の南から鎌倉に攻め入ったといわれる場所である「稲村ヶ崎」。 

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関東随一のヨットハーバー、 葉山アリーナにはモーターボート、 ヨットが所狭しと繋留されていた。 芦屋や西宮のマリーナと違い、 ほとんどのボートが陸揚げされており、 海上に浮かべて繋留されている数はかなり少ない。 芦屋、 西宮では逆にボートはマリーナ海上に浮かべてある数の方が圧倒的に多い。 マリーナ(港)の規模としては新西宮ヨットハーバーが大きいからであろうか? ヨットボートの数は葉山が多いようだ。

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歩きつかれたので、 天然真昆布で有名な「宗達」の鎌倉本店で休憩。 この建物は平成19年に建てられたばかりで、 神奈川県の優秀建築賞を受賞した話題あの店である。 喫茶室カガラス越に見える中庭には菖蒲がきれいに咲いていた。 なかなか落ち着いた雰囲気の店内である。 しかし、 高級感を売り物にしているのだろうが、 それを意識し過ぎた店の従業員の接客態度がLittle Bit Too Muchではと感じた。

4月25日から29日までの4泊5日のゴールデンウィーク前半は好天にも恵まれ、 本当に楽しい休日を過ごせたのも子供達と孫達のお陰である。

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