淡路島、 夢舞台

厄28万平方メートルの広大な敷地に、 温室やホテル、レストラン、国際会議場等の施設が点在する淡路島夢舞台。 大阪湾が一望できる階段状になった展望台、百段苑とよくこれだけの施設を作ったものだと感心する。 莫大な費用が費やされた施設だ。 以前から一度行こうと思っていて、 先日やっと訪れて、 その規模の大きさに驚いた。 淡路島によくこれだけのものだ出来たものだ。 安藤忠雄氏設計と聞き、 成る程と頷ける古代ローマ的な雰囲気のあるコンクリート(石)造りの冷たいイメージ。 

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夢舞台の一番高いところから海を見た景観は素晴らしい。 若者達がカップルで語り合う姿が清清しい。 ホッと一息をつく。 

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百段苑から西側に散策プロムナードがあり、 よく手入れされた歌壇が美しい。

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大きな温室があり、 その中に珍しい木があった。 樹齢300百年以上と推定されるアフリカ南部、 ナマ・カランド地域に自生するアロエの仲間という。 雨が何年も降らなくても生きるというすごい木だ。 その近くには変わったバナナの木もあった。 これはフィルバナナといって美しい白斑を実と葉に持ったバナナとの事。 丁度実が菜っていた。

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なかでも斑点ツワブキの緑が鮮やかであった。

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淡路島全体をリゾートの島として今後作り上げてゆくのだと思うが、 これだけの莫大な建設費が償却出来るだけの観光客が集客出来るのか? 明石海峡大橋と同じ運命になって大赤字を累積する悩みの種にならねば良いのにと要らん心配をしてしまった。

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鎌倉海岸

前回号にて横浜、 鎌倉へ子供達、 孫達に会いに行って、 その滞在中に鶴岡八幡宮に参拝した事を記事にしたが、その帰路に鎌倉海岸をドライブ。 爽やかな皐月の風の感触が心地良い。 鎌倉海岸は七里ヶ浜、 江ノ島、 稲村ヶ崎、 由比ヶ浜から逗子、 葉山海岸と連なり、 太平洋に面した長い海岸線である。 当日は凪で波も無く、 もう少しすれば若者達が夏のスポーツを楽しむメッカになる関東有数の海岸の散策を楽しんだ。

P1040819 逗子開成中学校の生徒12人のボートが転覆、 全員死亡した海難事故を題材にした「真白き富士の湖、 七里ヶ浜に哀歌」、 「真白き富士の根、 緑の江ノ島」と歌われた江ノ島、 七里ガ浜。 

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鎌倉時代後期の1333年(元弘3年)に上野国(群馬県)の新田義貞が鎌倉攻めの時、 「稲村ヶ崎」を超えられず、潮を引くのを念じて剣を投ずると、 その後潮が引いたので岬の南から鎌倉に攻め入ったといわれる場所である「稲村ヶ崎」。 

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関東随一のヨットハーバー、 葉山アリーナにはモーターボート、 ヨットが所狭しと繋留されていた。 芦屋や西宮のマリーナと違い、 ほとんどのボートが陸揚げされており、 海上に浮かべて繋留されている数はかなり少ない。 芦屋、 西宮では逆にボートはマリーナ海上に浮かべてある数の方が圧倒的に多い。 マリーナ(港)の規模としては新西宮ヨットハーバーが大きいからであろうか? ヨットボートの数は葉山が多いようだ。

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歩きつかれたので、 天然真昆布で有名な「宗達」の鎌倉本店で休憩。 この建物は平成19年に建てられたばかりで、 神奈川県の優秀建築賞を受賞した話題あの店である。 喫茶室カガラス越に見える中庭には菖蒲がきれいに咲いていた。 なかなか落ち着いた雰囲気の店内である。 しかし、 高級感を売り物にしているのだろうが、 それを意識し過ぎた店の従業員の接客態度がLittle Bit Too Muchではと感じた。

4月25日から29日までの4泊5日のゴールデンウィーク前半は好天にも恵まれ、 本当に楽しい休日を過ごせたのも子供達と孫達のお陰である。

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百花繚乱の五月(Part 2)

今年の黄金週間、 皆様も思い思いに楽しい休日を楽しまれた事でしょう。 小生は久し振りに(18ヶ月振り)で子供達の居る横浜、 鎌倉に行ってきました。  少年野球にひた向きに打ち込んでいる孫達の姿に我が息子の同じ少年野球時代と重ね合わせ、 久し振りに胸が熱くなった。 孫達の成長の早さの中に我が年の老いが早くなっていることも忘れている自分を発見。 でも、 楽しきかな!

その鎌倉滞在中に鶴岡八幡宮に参拝。 人も知る源頼朝が創建した関東総鎮守である。 境内には本宮の他、 公暁の隠れ銀杏といわれる大銀杏、 春には桜のトンネルになる段蔓、 「静の舞}で知られる舞殿があり、 800年有余の昔を忍ばせてくれました。

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境内には丁度見頃の藤の花が源平池辺にあざやかに咲いていた。 国歌、 君が代の歌詞になった「さざれ石」も展示されていた。

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また、 源平池の右側に牡丹庭園があり、 真に鮮やかな満開の牡丹が咲き乱れていた。 この牡丹園は二度目であるが、 今回の牡丹の咲き具合は最高であった。 その美しさを鑑賞あれ!

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信貴山、 のどか村の菜の花。

先日以前勤めていた会社のOB5名が久し振りに集まり、 奈良県、 信貴山の「のどか村」公園に出掛けました。 桜見物に行ったのですが、 菜の花が咲き乱れ、 見事でした。 天候も春うららの絶好の花見日和、 主役の桜を菜の花が奪った感じでしたね。

菜の花畑の中で「少女」が一人読書? 

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桜と菜の花のコントラストが美しい。

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久し振りの再会で、 お酒も進み、 楽しい一日であった。 昔同じ釜の飯を食った仲間との再会はアッという間に当時にタイムスリップし、 わだかまりが無くなるものだ。

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淡路島、 黒岩水仙郷

今回で何回目かは覚えていないが、 明石大橋を渡り、 淡路島、 黒岩水仙郷へのバスツアー参加。 道中かなりの強い風と手が千切れそうな今冬で一番寒い日ではないかと思うくらい寒さが厳しい日であった。 それでけに水仙も満開で見頃であった。 先ず明石から淡路島に向かって大橋の入り口が下記の写真。P1030760

淡路島で今まで交通渋滞に遭ったことが無い。 島の中央を縦断するハイウエーを通らなくても充分な速度で走れると思ったが、 バスは西淡三原までハイウェーを利用。 阿万バイパスを経て黒岩水仙郷へ。 淡路島の南部、 標高608メートルの論鶴羽山から海に続く45度の急傾斜面一帯、 約7ヘクタールに500万本の水仙が咲き乱れていた。 水仙は細い花瓶に2-3本入れて、 玄関などの小棚に良く置いて眺めているが、 可憐な花も山の急斜面にこれだけ沢山咲くの見ると豪快である。

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この水仙郷の周辺は水仙以外何も無く、 車で行くにしても、 南淡路温泉にも立ち寄ると丁度よいドライブコースになると思う。 ハイウェー、 一般道路共にスイスイ走れて、 道中快適なドライブが楽しめる。 それでは残りの水仙写真をお楽しみ下さい。

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最後の写真は明石大橋を明石、 垂水に向かって、 丁度本州上陸目前の入り口である。 明石大橋もこれだけ利用者が少なければ、 膨大な建築費の回収が永遠に出来ないのでは?と思いつつ、 帰路に着いた。

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京都、 永観堂、 南禅寺、 高台寺の紅葉(その4)

P1030133_3 今年の秋の紅葉最後の特集です。 京都での紅葉のベストは永観堂だと思います。 「奥山に岩垣紅葉散りぬべし照る日の光みるときなくて」と古今集にも詠われた名所。 今年は例年以上に紅葉の赤色が鮮やかでした。 おなじみのスポットは除き、 今年は紅葉と黄葉も紹介しましょう。 赤色と黄色が見事に調和されたスナップをご覧下さい。 イチョウの葉っぱが見事な黄色を示していました。P1030089 P1030094 P1030134 P1030100 P1030130_3

永観堂の大変な人ごみを逃れた隣の南禅寺に行く。 意外に人も少なく静かでゆっくりと紅葉を楽しむ事が出来た。  歌舞伎の「桜門五三桐」で石川五右衛門が名台詞「絶景かな、 絶景かな」と見得を切るのが南禅寺の三門。 アーチ式の水路閣が南蛮風のユニークな風情を見せてくれる。 これは琵琶湖湖水のために築かれたそうだが、 本当に琵琶湖から水を引いたのだろうか?P1030153 P1030151_2 P1030147_3

帰路、 少し足を伸ばして高台寺に立ち寄った。 ここは夜のライトアップがきれいですが、 今年は時間が無く昼間の鑑賞となった。 昨年観た夜のライトアップで池に生える紅葉の方がやはり幻想的で良かった。 やはり紅葉より秀吉、 寧々さんのお寺としての方が有名ですね。P1030177_2 P1030169  高台寺の東隣に何時建造されたのか判らないが、 屋外に聳え立つ強大で、 近代的な 観音像に「ギョット!」して、 その高さに驚きながら高台寺を後にした。 腹が減ってきたので「京都の湯豆腐」を食して今年の紅葉狩りは終った。P1030162_2 現役の時代はこんなにゆっくり紅葉狩りが出来なかった。「金持ち」ならぬ「時間持ち」になった有り難さでしょうか?  来年は何処に行こうかな?

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南丹波、 円通寺と高原寺の紅葉(その3)

P1020916 P1020919 P1020934 P1020951 P1020952 P1020991 P1020954 P1020959 P1020971 美山の里を訪れる前に南丹波の円通寺と高原寺に寄った。 丁度紅葉盛でベストのタイミングに行けたのではないか。 この二寺は南丹では紅葉で結構有名な場所だとは今まで知らなかった。 天候が最高に良く、 まさに秋の日本晴れに恵まれて、 真っ赤に色づいた紅葉が太陽に照らされて見事に輝いていた。 特に高源寺の天目楓は有名だとの事。 遠谿祖禅師が中国の天目山から持ち帰ったと言われている。 以上写真をご覧あれ!

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京都、 金閣寺と光悦寺の紅葉(その2)

前回の三千院から金閣寺と光悦寺に足を運んだ。 金閣寺は知る人ぞ知る京都でも一番の人気あるお寺である。 説明の必要が無いでしょう。 当日は大変な人出で、 特に中国人の団体観光客で非常に混んでいた。 ゆっくり庭園を見る間もないくらいで、 写真をとるのがやっという感じでした。 最近金箔を張り替えたので、 黄金色が鮮やかで、 池に映えるお堂の景観は見事なものだった。P1020911 P1020886 P1020888

光悦寺はベストなタイミングで行けたと思う。 紅葉が燃えるような赤色をかもし出し、 当日は快晴でその青空に生える紅色の鮮やかなさにしばし魅入ってしまいました。 今年の紅葉が例年になく色鮮やかな代表例と思われる。 有名な大虚庵にある光悦垣も紅葉に映えて良い雰囲気を見せていました。

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最後に「しょうざん」に立ち寄った。 この庭園は京極家で財を成した「松山氏」が建てた庭園で、 独特の剪定がされた北山杉が紅葉に混じって特異な雰囲気を出していた。 杉の木の盆栽のような剪定は珍しい。P1020857_2 P1020874_2

天候も快晴の小春日和の中で心行くまで紅葉を楽しむ事が出来た良い一日でした。 

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京都、 三千院の紅葉(その1)

丁度見頃かなーと思い数年ぶりで11月16日に大原、 三千院の紅葉を見に行きましたが、 暖冬の影響なのか余り色ずいていなかった。 しかし、 何時行っても、 三千院は独特の静寂の中に浸ることが出来る。 たまたまなのか観光客も少なく、 ゆっくりとした散策を楽しむことが出来た。 紅葉そのものは期待はずれであった。 この後に行った光悦時の紅葉が見ごたえあったが、 次回のお楽しみです。P1020646 P1020637 P1020631 P1020603     

この三千院の手前に大原念仏寺がある。 ここに可愛いお地蔵さんの行列があり、 何だろうとお寺の門前を通過する時に覗く人も多い。 子供達の成長を祈願して作られたのだろうか? 孫達のこれからのいっそうの成長を祈願しながら手を合わせる。

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紅葉シリーズ(1) 美山の里

今年の紅葉は例年に無く色鮮やかで、 見事な景観を提供してくれていると思う。 これから4回シリーズで京都、 南丹波、 我が夙川の紅葉を楽しんで頂きたい。 今回は京都府と福井県の境に近い美山の里に忙しいバスツアーで行って来ました。 他の場所も回ったので美山の里での滞在時間は90分程度で、 良い写真を撮ろうと走り回っているうちに時間が来て、 ゆっくり出来なかった。 ツアー旅行の限界かなー。 でも一人で車運転して行くには遠すぎる行程である。 P1030055 美山、 茅葺の里、 北村は全体で50戸の集落で、その内30戸程度が茅葺屋根建築。 茅葺屋根建築数は岐阜県、白川郷、 福島県下郷町、大内宿に次いで全国第三位との事。 これだけの戸数を維持し、 茅葺の技術を守るだけでも地元の住民の大変な努力が窺える。P1030047_2 P1030041

今ではほとんど見られなくなった茅葺屋根は私が戦時中疎開していた頃を思い出す。 私の父親の実家が滋賀県犬上郡多賀町(多賀神社近く)に在って、 全く同じ茅葺であった。 屋根裏が非常に大きく、 子供私が立って歩行出来る高さがあり、 冬に備えてての炊飯用、 風呂炊き様の薪がいっぱい積んであったのを覚えている。 天井まで筒抜けの台所、 お茶の間には大きな囲炉裏があって、 その周りにじいさん、 ばあさんや従兄弟達が大勢集まり、 わいわいがやがや話して、 戯れていたのを懐かしく思い出す。 そんなことを感じながら短い滞在時間を過ごした美山の里旅行でした。 絵画を描く方にとってはせめて2-3時間の滞在が必要でしょうね。 そうなると阪神間から個人で出掛けるのはかなり遠くて、 大変かも。 でも、 画材には非常に良い場所であることは間違いないですね。 特に夕暮れ、 家々に明かりがともる薄暮などはきれいな情景が見られると思います。 出来れは一泊で行かれるのをお勧めします。  民宿があります。 さて、 後は我が写真の秀作(?)をご覧あれ!P1030033 P1030027 P1030022 P1030015

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播州の秋祭り。

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第二の故郷ともいえる明石市の東二見、 御厨神社の秋祭りを何と数えてみたら半世紀振りで見に行った。 大阪で生まれて小学校四年生まで育った第一の故郷を出て、 昭和24年東二見に小学校五年生で転校、 高校生時代まで住んだ所である。 当時小学校5、 6年生が囃子を歌い、 太鼓を叩き、 「だんじり」に乗せてもらう資格があった。 転校してよそ者である私は全くの対象外で「だんり」に乗っている同級生を羨ましく思ったものである。 それから55年、 何とも年月の経つ早さを感じる。 

当時はまだ明石市に合併する前で住所も加古郡東二見といっていた。 東二見は基本的に内陸部のお百姓さんの村と海岸近くの漁師の村、 二つの村の中間にある商売人の町とに分かれていて、 何かと対抗意識が強く、 秋祭りの時などは、 「だんじり」の豪華さと荒っぽい担ぎ方を競い、 時には「だんじり」をぶつけ合って威勢を上げていたのを思い出す。 明石だこをはっぴの背中に染めた猟師町の西之町、 上西の文字と派手なだんじり飾りのお百姓さんの町、 上西二見町、 比較的穏やかな商店街の町、 北野町等の元気な若い衆を見て、 何と力のあるお兄さんたちだと尊敬していた子供のころに帰った気持ちだった。 この播州の秋祭り「だんじり」の屋根は座布団の形をしており、 ひさし、 だんじり腹、 横天幕刺繍の豪華絢爛なこと! 実にお金を掛けて見事な作りになっていいるのが特徴である。

55年一昔、 今は待ちの姿もすっかり変わり、 東二見港も埋立地との中間に位置し、 モダンなヨットハーバーが出来、 昔の面影は全く無い。 小学区、 中学校時代、 夏休みなどは朝から晩まで六尺の赤褌をして海岸で泳ぎ、 海に潜ってテンコチ、 たこ(漁師が陸揚げ後逃がしたもの)を自製のもりを使って捕った砂浜のある海岸も跡形も無くなっていた。 現在は東二見の町は加古川とか明石の中間で、 町の活性化が進んでいるようには見えなかった。 山陽電鉄の東二枚駅、 駅前の商店街も店舗が減り、 人通りもまばらで、 子供のころ感じた町の大きさはなく、 「こんなに小さい町だったかなー」と寂しさを感じた次第。 とにもかくにも、 本当に懐かしい秋祭りを、 ゆっくり楽しみ、 愛用のデジカメで写真を撮りまくってきました。 全部掲載出来ませんがどれを掲載するかでかなり苦心しました。 

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苔寺(西芳寺)の苔。

P1010893 P1010898 P1010897 P1010901 P1010909 P1010913_2 P1010924 P1010930 苔寺(西芳寺)の苔は梅雨時が一番綺麗と聞いていたが、 その時期に訪れる機会が未だに無く、 結局今年も夏の盛り(7月)に訪れました。 時期的に良くないかもしれないなーと思いながらの見学でしたが、 苔そのものは以外に鮮やかなグリーンのビロード色が美しく、 量もたっぷりでさすがに世界遺産としての価値はあるなーと他事ながら安心して見て来ました。 西芳寺は聖徳太子の別荘を奈良時代の僧、 行基が寺にしたもので、 後に空海、 法然が入寺したと伝えられています。 寺の中にある池の水が苔の緑に映えて、 苔を一層引き立たせていました。 池のほとりに腰掛けて、 鮮やかな緑の絨毯を眺めていると、 目が休まり心が落ち着きます。 素晴らしい寺の庭園を満喫出来た一日でした。 駐車場が近くに無いのが残念でした。

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神戸の花火大会

P1010993_4 P1010996_3 P1020037_3 P1020041_3 いよいよ花火の季節ですね。 今年は神戸メリケンパークの花火を見ました。 メイン会場のメリケンパークは大変な人出混雑するので、 少しは離れた兵庫港突堤に行きました。 ここは穴場で、 場所の選択は大成功。 突堤の先端に居座り、 目の前に障害物は無く、 手に取るように、 豪華絢爛の花火を思い切り楽しめました。 突堤が広いので数千人の来場者でもまだ余裕がありましたね。 しかしいい場所を確保するには90分か120分前に来る必要がありますよ。 とにかくごたごたと文字を並べるより、 先ず見事な花火を見てください。 10枚一挙初公開です。P1010985_2 P1010973_3 P1010947_2 P1010974 P1010968_2 P1010964_2掲載写真は拡大出来ます。 カーソルを見たい写真に持って行き、 クリックして下さい。 戻す時は画面の左上のツールバーに或る「戻る」をクリックすればOKです。

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明石海峡大橋

P1010796 P1010749 P1010760 昭和36年ごろから9年間ほど明石のある会社に芦屋から通勤していて、 毎朝須磨浦海岸から塩屋、 垂水、 舞子と車窓の左側に広がる海岸の景色を眺めるのが楽しみのひと時だった事を思い出しながら、 先日家内、 娘と娘の孫を連れて舞子ビラに宿泊した。当時は残業の無い日にまだ日が高い夏の午後5時ごろJR(当時は省線電車とか国電と言っていた)の各停電車の車窓から舞子公園の松林を眺め、 仲の良いカップルが散歩しているのを羨ましげに見ていた時代が懐かしい。 この舞子ビラは有栖川熾仁宮がこの位置を天下の絶景だと気に入り、 明治27年別邸として建てられた後との事で、 ハイカラなリゾート風屋外レストランがあった記憶がある。 一度行ってみたいと思いながら今までいっぺんも行ってなかったのである。 一方須磨にある藤田ガーデンは2-3回行った事があるのだが, 現在は閉鎖されている。 丁度その頃に明石海峡大橋建設の海底調査が始まり、 垂水駅近くの河口付近にブイに乗った測定器がかなり長い間浮いていたのを覚えている。 何年後に完成するのか当時は考えも及ばなかった大橋が今では実に見事な日本の吊橋の建設技術を世界に知らしめる建造物として明石海峡にそびえているのを今回はホテルの窓から朝、 昼、 夜とじっくり眺めてきた。 舞子海岸一体は当時の面影が無いほど再開発、 造成されている。 須磨浦海岸は昔から良い海水浴場であったが、 舞子海岸は潮流れが速く、 海岸も遠浅でなく、 かなりの泳ぎ達者でなければ危険な海岸であった。 今では人工的に白い砂浜も造られて、 ちょっとした海水浴場になっている。 孫中山記念館(六角堂)も以前あった位置から少し西側に移動し、 明石大橋のふもとにある。 今回はその大橋と孫中山記念館の朝、 昼、 夜の表情を撮ってきたのでご覧あれ。 やはり、 須磨から舞子にかけての海岸は私のお気に入りの景観である事は今も変わる事は無い。 これ等の写真は拡大して見る事が出来ます。 見たい写真にカーソルを持って行き、 クリックして下さい。 戻すには画面左上のツールバーにある「戻る」をクリックすればOKです。P1010748 P1010739 P1010761  

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鞆の浦。

今日から7月、 夏本番です。 今年の夏もかなり暑そうで今から思いやられますね。 梅雨も真っ只中で、 カンカン照り、 蒸し暑さ、 熱帯夜の繰り返しです。 この時期はエヤコンの効いた部屋にこもらないで、 運動、 スポーツで思い切り汗をかく事が一番良い暑さ乗りきり対策です。 体が暑さに慣れ、 適宜の体温調整が可能になり、 暑さを感じる程度が和らぐ様です。 さて、 今回は「しまなみ街道」、 「道後温泉」、 「内子町」シリーズで最後の「鞆の浦」です。 「しまなみ街道」に入る手前の尾の道からはずれて一般道を車で約1時間で「鞆の浦」に立ち寄りました。 「鞆の浦」は瀬戸内海の中央に位置し、 内海の潮の干満の分岐点です。 潮流を利用しての帆船航行が主体であった時代では「潮待ち」の港として多くの伝統を生み、 万葉にも歌われ、 中世、 近世に掛けて歴史に登場してきました。 1811年に築かれたこの船着場は雁木という階段状になっており、 干満の差が最大で6メートルにもなるので、 干満に関係なく船を横着け出来るように工夫されたものです。 掲載写真の1枚から常夜灯の直ぐ下に築かれた階段をご覧下さい。 先人の工夫ですね。 現在では寂れた、小さな田舎の漁村ですが、 江戸末期から明治初期に建てられた商家が「潮待ち港」として栄えた面影を伝えてました。P1010472 P1010474 P1010477 P1010466 P1010465

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甍の表情(その2)

P1010526 P1010551 P1010557_1 P1010581 P1010545 P1010539_1                                     

梅雨入り宣言が出て二日目に梅雨明け宣言かと思うほどの今年最高温度の夏日になり、 梅雨入りはどうなるのかと思いきや、 今日(18日)にやっと梅雨らしく、 しとしと雨の一日となりました。 前回は松山城の甍の表情を紹介しましたが今回はさらに松山から松山道を車で約40分の内子町の甍の表情も面白かったので、 前回同様甍を取り上げました。 内子は江戸後期から明治時代にかけて、 和紙や木蝋の生産で栄えた町です。 今でも江戸、 明治時代を中心に商家の古い町並みが保存され、 訪れる人も多いようですね。 大正初期に建てられた「内子座」は当時如何にこの町が栄えたかを示しています。 「内子座」で初めて「奈落の底」を見ました。 怖い場所ですね。 内子町の皆さんの古い町並みの保存努力も大変だと偲ばれます。 或る古家の中庭に咲いていた牡丹が綺麗でした。 日本の古き良き町並みをユックリと鑑賞した一日でした。  それぞれの写真はカーソルを見たい写真にもって行き、クリックすると大きくなります。 画面左上にあるツールバーの「戻る」をクリックすれば元に戻ります。

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甍の表情

和風建築(東洋建築といってもいいが)の甍模様を改めて見直した。 先月伊予道後温泉の帰り道、 松山城に寄ってみた。 以前(と言ってもほぼ40年前になるが)訪れた事があるが、 その時の事は殆ど覚えていない。 今回訪れ天守閣から一階ごとに降りながら松山市内を見ていて、 お城の屋根の甍の波の表情が大変いろいろあり、 面白いのに気がついた。 尾根から屋根の軒までの何ともいえない曲線、 白色と黒色が見事に調和した幾何学模様、 全体のバランスが本当に美しい。 都会では今やスレート屋根やコンクリート造りのマンション群で日本の風情は皆無と言ってよい。 和風建築の落ち着き、 良さをしみじみ感じた訪問であった。 いよいよ梅雨の季節到来。 雨もまた良き和風の風情を感じる季節と前向きに捕らえよう。 今回はちょっと多い目だが、 5枚のお城主体の幾何学模様と5枚の甍模様を掲載した。 それぞれの写真はカーソルを見たい写真に持って行き、 クリックすると拡大します。 元に戻すには、 画面上にあるツールバー左側の「戻る」をクリックする。P1010628 P1010633 P1010609 P1010627 P1010639 P1010613 P1010617 P1010618 P1010619 P1010623

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